​ようこそ、真未来塾へ

​代表講師のこいけです。

​「40才のあなたは何をしている?」

10才の私が授業中に書いた答えは

​「売れない作家をしながら、平凡な主婦」

​「普通」「平凡」が

​実は一番難しい

人生は

思いもよらない出来事で

​あふれている

困窮した学生時代

小学1年生の時

父が心筋梗塞で倒れ、働けなくなりました。

小学3年生の時

父と母が離婚し、母が1人で、兄と私、妹の3人を育てることになりました。

この頃から、父が残した借金のため、知らない人が訪ねてくるようになりました。

小学4年生の頃から

親戚間の相続問題が起き始め、長く巻き込まれることになりました。

​中学生に入った頃

祖母の痴呆が始まり、母が仕事へ出ることが難しくなりました。

同時に兄が大学進学をあきらめ、家計のため働き始めました。

高校に入った頃

祖母の痴呆はひどくなり、1日中看病が必要になりました。

夜は課題に取り組みながら、徘徊する祖母を看ていました。

兄1人での働きでは厳しい上に、父が残した借金のため、家計は厳しくなる一方でした。

電気が止まり、ガスが止まるのはいつものこと。

水道の水が出ない日が一番つらかったですね。

その日、食べるものにも困るときもあり、6枚切りの食パンを家族みんなで分け合いました。

​夢をつないでくれた【奨学金】

中学3年生の夏、学年260人から育英会の奨学金を2名だけ受給できると聞き、祈る気持ちでいました。受給が決まったときは、「高校へ進学できる!」と涙が出ました。受験した高校は、公立高校をたった1校。私立高校は、受検料が高いですからね。でも、受験できるだけでうれしかったです。

進学した高校では、授業料免除をもらいました。授業料免除や奨学金を受給するにも、成績を取らなければなりませんから、必死で勉強しましたね。「学校へ行くために勉強する」っていう感じでした。

その高校には、返還義務のない学校独自の奨学金がありました。全校生徒1200名のうち10名だけが受給できる奨学金。3年間受給したのは私だけでした。

 

 

この奨学金が大学の入学金となり、私の夢をつないでくれたのです。この頃私は弁護士になりたいと考えていましたが、法学部のある県外の大学を受験することは叶いませんでした。しかし大学進学をあきらめた兄に比べれば、大学へ進学できただけでも幸せなことでした。

もちろん、大学でも4年間、授業料免除と育英会の奨学金を受給しました。学習塾でのアルバイトは月4日の休みだけ。家計の足しになればと必死でした。研究室のアシスタントは、勉強しながらお給料がいただける最高のお仕事でしたね

私たちは

君の弱い部分を

強みに変えることができます

​だって

私たちがそうして生きてきたからです

​大学卒業とともに無職に。起業を決意。

大学4年生になって周囲が就職活動に出かける中、私は1人、大学にいました。就職活動をするためのスーツやバッグ、靴や化粧品を買うことができなかったのです。大学院への進学も考えましたが、その頃母が寝たきりになったこともあり、家計を考え断念しました。

 

 

大学で勉強して就職すれば、家計を立て直せるはずだったのに。まさか、大学を卒業して自分が無職になろうとは思ってもいませんでした。

大学卒業後も、塾でアルバイトをしながら、研究室のアシスタントを続けていました。しかし、母の具合が良くなく、家から出ることがだんだんと困難に…。

 

 

そんなとき、地域の方から​「自宅で、子どもたちに勉強を教えてみては?」と声をかけていただき、六畳間の私の部屋に机を1つ置いて、勉強を教え始めました。半年後、少しずつ生徒が増えたこともあり、近くの場所を借りて、小さな学習塾をスタートさせました。23才のときでした。

​そして30才。自分の経営力と指導力の限界を感じ、塾を閉めました。私は再び無職となったのです。

​失敗や悲しみの意味がわかるのは

今よりもずっとずっと先のこと

すべての出来事に必ず意味があると

​信じて前へ進むことが大切

​正解のない社会で生き抜く力を

 両親の離婚、痴呆の祖母の介護、相続問題、母の2度にわたる癌闘病、その日の食べ物に困るほどの貧困と夢をつないでくれた奨学金。私をいつも心配し、励まし、あらゆる挑戦の機会をくださった先生方。その当時は苦しく、つらかった経験が、真未来塾のすべてに活かされています。子どもたちやご家庭のお悩みやご相談を、心からお受けすることができます。

 

学校や机の上での勉強には、常に正解があり、その正解はすぐに手に入ります。

しかし、私たちが暮らす社会には、答えのない、あっても正解かどうかもわからないことばかりで満ちあふれていています。今日までは正しいと思われていたことでも、明日になれば間違いであったということも少なくありません。

そんな社会で、子どもたちは生きていかなければならないのです。

今、目の前にある悲しみや失敗が、自分の人生においてどんな意味をなすのかは、10年後、20年後にしかわかりません。だから、恐れることなく、人の評価を気にすることなく、子どもたちには挑戦し続けてほしい。その悲しみや失敗が意味を持つよう、行動し続けてほしい。

さぁ、一度しかない人生です。君が主役の人生です。時と場所、出会う人を選ぶことができます。ぜひ真未来塾に来てください。私が全力でサポートします。​

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